論理的思考力と論理的な議論

【論理的思考力と議論】

【上級者の実戦を観察する】

【心理と対話】

【その他】


私は、あなたがあなたの欲求を満足させる権利を尊重しますし、
同時に、私自身についてのその権利も尊重します。
だから、私たち双方に受け入れられる解決策を
いつも探すことにしましょう。
あなたの欲求は満たされ、私の欲求もまた満たされるでしょう。
どちらも負けません。両方が勝つのです。

-「人間関係についての信条」より-


トマス・ゴードン博士の親業訓練講座(P,E,T,)
勝ち負けのない聞き方・話し方-サブメニュー


◆「能動的な聞き方」で心の扉を開く。

人には「理解されたい」という基本的な欲求があります。そこで、「能動的な聞き方」を使って、あなたの話を理解していますよというメッセージを送ります。「能動的な聞き方」には、次の三つの方法があります。

1.相手の話を繰り返す。
 例1 子共「ぼく今日、いじめられたんだよ。」
     親「いじめられちゃったんだ。」

 例2 子共「成績が下がっちゃった。」
     親「成績、下がっちゃったのね。」

2.相手の話をまとめて、自分の言葉で言いかえる。
 例1 子共「ぼく今日、いじめられたんだよ。」
     親「嫌なことされちゃったんだ。」

 例2 子共「成績が下がっちゃった。」
     親「前より悪かったのね。」

3.そういう言葉を口にした相手の気持ちをくむ。
 例1 子共「ぼく今日、いじめられたんだよ。」
     親「いじめられたから、とってもつらいんだね。(悲しいんだね)」

 例2 子共「成績が下がっちゃった。」
     親「がっかりしたんだね。」

相手の気持ちを感じるには、言葉だけでなく、声の調子、表情、しぐさも大切です。人は防御的な気持ちになると、次のような反応を示すことがあります。

・ハッと驚き、非難がましい目つきになる。
・悲しい顔の表情。
・こちらの目を見ない。
・口をとがらす。
・別の意見を言う。
・声が大きくなる。
・目をふせる。
・笑う。
・泣く。
・黙ってしまう。

次の事例は、夫婦の対話です。(『親業ケースブック〈成人編〉 』より。)

その日、私は職場の同僚と二時間ほど酒を飲んでから、午後一〇時ごろ帰宅しました。
 「食事、頼むよ。」
すると妻は、いかにも不機嫌という声で、答えました。
 「あら、食べてらしたんじゃないの?」
 「もうすんだ、と思ったんだね。(言いかえ)」
 「そうよ。帰りが遅いから。」
そう言うと、妻はしぶしぶという様子で、台所へ立ちました。その後ろ姿は、いかにも不機嫌のかたまりのように感じられたので、
 「不機嫌そうに見えるけど。(気持ちをくむ)」
 「そうよ。遅くなるって連絡してくれればいいのに。それに、帰ってきて、子供とばかり遊んでいて、何も話してくれないし。」
 「それで、イライラしてるんだね。(気持ちをくむ)」
 「そうよ。あなたの話しも聞きたいし、私だって、今日のことなどいろいろ話したいんだから。」
 「そうか、二人でゆっくり話をしたかったんだね。(言いかえ)」
 「そうなのよ・・・・・・。さあ、食事の用意ができましたから、どうぞ。」

話しあう内に、妻の表情はだんだん平常に戻って来ました。そして、「そうなのよ」と言ったときの妻の目は輝いていました。ああ、そういうことだったのかと、私は妻の気持ちを聞きあててよかったと思う反面、反省もさせられました。


次の事例は、一歳の女児と母親の会話です。(『理由ある反抗―親業(ゴードン・メソッド) いまを解決する話す技術・聞く技術 』より。)

自宅間近の下り坂で、娘が急に転んで大泣きをする。
 ギャー。(大泣き)
母親 あら、ユカちゃん転んじゃったの。
 (大泣き)
母親 お顔すりむいちゃったのね。
 (大泣き)
母親 ここ痛かったねぇ、ユカちゃん。とっても痛かったでしょう。(気持ちをくむ
 (少し落ち着いてくる)
母親 急につまづいて、びっくりしちゃったのね。驚いたねぇ。(気持ちをくむ
 (泣き止む)
母親 ここ痛かったのね。すごく痛かったんだ。(気持ちをくむ
 (機嫌を取り戻し、一人で立ち上がって歩き始める)


次の事例は、三歳の男児と母親と叔母との会話です。(『理由ある反抗―親業(ゴードン・メソッド) いまを解決する話す技術・聞く技術 』より。)

次の例は、三歳の男の子(ヒロシ)が、能動的に聞くお母さんと、そうしない叔母さんに対して、全く違った反応を示しています。

ヒロシが母親と叔母に連れられて近くのデパートに買い物に行った帰り道の横断歩道。母親が十一ヶ月の弟を抱いたまま先に渡り始めたところで赤信号になり、叔母とヒロシが残される。家も近く、赤ん坊が重いので、信号を渡りきった母親は待たずにそのまま歩き続ける。

ヒロシ お母さーん、待ってよー。行かないでー。(泣きだす)
母親 大丈夫よ。ここにいるから。(止まって待つ)
ヒロシ (渡りきってもまだ泣いている)
母親 ヒロちゃん、お母さんが先にいってしまったから心配になっちゃったのかな。(言いかえ、気持ちをくむ
ヒロシ うん。(ピタッと泣き止む)
叔母 ヒロちゃん、男の子でしょ。男の子はそんなことで泣かないの。(命令
ヒロシ (ワァーッと泣く)
母親 ヒロちゃんは、お母さんがどこかに行っちゃうんじゃないかって、心配になったのね。(気持ちをくむ
ヒロシ うん、僕、心配になったの。(また、ピタッと泣き止む)
叔母 何言ってるのよ。ヒロちゃんのおうちはもうすぐそこじゃない(論理)。おばさんだっているのに、泣いたりして、おかしいなぁー。(批判
ヒロシ (またワーッと泣く)

お母さんは、「こんなに、子供の反応が、対照的な形ではっきりと表れて、驚いた。」と述べられております。


◆「能動的な聞き方」は「甘やかし」ではない。
親御さんの中には、「能動的な聞き方は甘やかしではないか?」、とおっしゃる方がいます。しかし、甘やかしとは、子供の欲求に親が常に服従して犠牲になる。あるいは、子どもがやりたくないことはやらなくてもよいという態度です。服従は、12の対応のうちの「9.同情」、「11.同意」に当たるので、能動的な聞き方(理解)とは明確に区別されます。次に例を示します。

子供 「このおもちゃ欲しい!買って!」
甘やかす親 → 「欲しいなら買ってあげるよ。(服従)」
能動的な聞き方をする親 → 「このおもちゃが欲しいんだね。(理解)」


子供 「宿題やりたくないな。」
甘やかし → 「やりたくないなら、やらなくてもいいんじゃない?(同意)」(もしくは、子供が宿題をしていないことを知りつつ、何も言わない。)
能動的な聞き方 → 「宿題やりたくないのか。(理解)」


甘やかされた子は、自己の利益のために他者に犠牲を強いる性格に育ちます。しかし、親業では誰も犠牲になりません。だから、親業は甘やかしではないのです。また、「同情」と「理解」の違いについても説明しましょう。次に例を示します。

子供 「昨日、学校でいじめられたんだ、もう行きたくないよ。」
同情する親 → 「かわいそうに、学校なんかもう行きたくないよね。」
能動的な聞き方をする親 → 「いじめられてつらいんだね。それで、学校に行きたくなくなっちゃったんだ。」


同情する親が、子供と感情を共有・同調しているのに対して、能動的な聞き方をする親は、子供の気持ちに共感・理解は示しますが、同調はしていません。さらに続けて子供(相手)の行動に影響を及ぼす技術については後の項で解説します。

・こういう意見もありました、『世の中のすべての人が自分を理解してくれるわけではない。子どもには、人から理解されないことに慣れさせるべきではないか。

子どもを含むすべての人間は、身の周りの人物から理解されること<無条件のサポートという>によって自己評価を高めることができます。高い自己評価を持つ人は、他人から理解されなかったり、批判されたとしても、その逆境を乗り越える力を持っています。一方で、自己評価の低い人は、逆境弱く挫折しやす傾向があります。

つまり、逆境に強い性格は「理解される」ことによって形成されるのです。この周辺の知識を詳しく知りたい方には、書籍「自己評価の心理学 」をお薦めします。


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