第五章 権力闘争

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権力闘争 【分断して統治せよ】

分断統治とは、支配階層が世の中を統治し易くするため、支配される側の結束を分断して、反乱を未然に防ぐための統治法です。

支配される側を一級市民と二級市民に分けて、扱いに差をつけます。すると生活に不満があっても、一級市民は二級市民を見下すことで不満のはけ口にします。「自分はまだあいつらよりもマシだ」。とうぜん、二級市民は一級市民を敵視するようになります。支配される側の人々は仲たがいをし、小さな利害でも対立するようになるのです。

支配される側の人々は互いに争うので、支配階層に対する批判の矛先を逸らすことができるのです。分断統治は、人々が持つ差別意識や優越意識を利用しています。

たとえば、江戸時代の身分制度も分断統治といえます。身分制度とは、出身などにより生まれつき身分が固定されている制度のことで、江戸時代には士・農・工・商という身分制度がありました。支配階層である武士階級の下に、被支配階層の商人・職人・農民という序列が存在しました。

しかし、農民の下にもっと身分の低いえた・ひにん(部落)という賎民階級が存在していました。賎民(せんみん)とは、ふつうの民衆よりも下位に置かれた身分を指す言葉です。教育用の資料から引用してみましょう。

(『江戸時代後半の民衆の不満をそらす差別強化 別の身分から下の身分へ(PDF)』より引用。)

江戸時代中頃から、幕府や藩は一揆打ちこわしの増加に対して、えた身分やひにん身分への差別を強めることで、不満をそらしたり、農民と対立させたりした。そうした中で、世代を経るにつれ、えた身分やひにん身分を百姓・町人より下に見る差別意識が強くなっていった。それに対して渋染一揆のように立ち上がった人もあった。

部落の民は、藩から差別的な制限を強制されており、例えば、水害の危険性の高い河原などの決められた場所にしか住むことを許されませんでした。また農民や町人との交際も禁止、職業や服装も制限されていたため、姿を見ただけで部落民だと判別できるようになっていました。さらに、部落の身分は法律により親子代々に受け継がされました。江戸幕府は身分制度をうまく利用して、武士による厳しい支配への不満を逸らし、民衆の結束を阻止したのです。

ではなぜ、民衆はこうも容易く分断されて、下を見て生きていくのか、そのヒントが「自己評価の心理学 」という本に載っています。「自己評価」とは、自信のようなもので、自分自身に対する評価のことです。

【自己評価と人種差別】
心理学の実験で、被験者になってくれた人たちにわざと難しい仕事をさせて失敗させたり、自分の死のことを考えさせて自己評価を下げさせてやると、そうされた人々は他人の悪口を言うか、そうでなければ犯罪に厳しくなったり、自分の文化とはちがう文化からの攻勢に不寛容になる(11)。たとえば、このような方法で自己評価を下げられたアメリカの市民たちは、自分の国の悪口を言う人間に対して厳しい判断を下す傾向にあった。また、別の実験を見ても、自己評価を下げられた人間は容易に人種差別的な偏見を口にするようになるという結果が報告されている。

もちろん、人種差別の原因は、自己評価が低いことばかりではないだろう。だが、自己評価が下がっている人間にほんの少しイデオロギーが手を貸してやれば、簡単に差別的な行為をするようになるはずである。

11.J.Greenberg et al.,<<Terror management and tolerance:does mortality salience always intensify negative reactions to others who threaten one's worldview?>>,Journal of Personality and sociar Psychology,1992,63,p.212-220
(「自己評価の心理学 」より引用。)

社会的な階級が低い人ほど一般的に自己評価も低いと思いますので、まさしく統治者が恐れている層ほど、下を見て生きる習慣があるということになります。たとえば、ホームレスを襲撃する少年たちも自己評価が著しく低いと考えられます。犯人の少年たちは同世代に比べて社会的に低い位置にいると思いますが、彼らをそうさせたのはホームレスではありません。しかし、少年たちはホームレスを見下して、正義の名の下に襲撃しようとします。

これの応用に、外交問題をクローズアップして民衆の目を内政から外交へ向けさせる統治法があります。内政に対する民衆の批判が強くなってくると、仮想敵国を演出して国の外側に攻撃の矛先向けさせるやり方です。

ほかに分断統治の手法の一つに賞を使った統治があります。『分裂勘違い君劇場』というブログにわかりやすい記事が載っているので引用します。

世界史を勉強すれば、この「抜け駆け」こそが、搾取と隷属を作り出してきたことがよく分かります。とくに、「抜け駆け」を利用した間接統治は、白人が有色人種を支配し搾取する時の常套手段です。

ラテンアメリカでも、アフリカでも、まず、現地の有色人種のうち、抜け駆けして白人に媚びを売った有色人種に特権的な地位を与えます。そして、その特権的な有色人種に、他の有色人種を支配させるのです。

そして、支配される有色人種には、「抜け駆け」して白人政権のために働けば、オマエも特権的な地位に就けてやるぞ、とささやくのです。

全文はこちら『分裂勘違い君劇場 プログラマの労働条件を過酷にしているのは、過酷な労働条件を受け入れるプログラマです

権力者に逆らわない者、命令をよく聞く者を一級市民に昇格させてやり、反抗するものは二級市民の身分とする。一級市民には賞を与える、というわけですね。

・分断統治は小さな集団の中でも効力を発揮します。スタンフォード大学がある実験を行いました。刑務所を模した実験施設に囚人役と看守役の被験者を入れて、その動向を観察する実験です。この実験のなかで、看守役は賞と罰を巧みに利用して囚人役の結束を分断したのです。ほかのサイトから記事を引用します。

二日目、早くも事件が発生した。囚人らは監獄内で看守に対して些細なことで苛立ちはじめ、やがて暴動を起こしたのである。

看守らはこの事態を重く見、補強人員を呼んで、問題解決にあたった。しかし暴動は一向に収まらず、最後には囚人に向けて消火器を発射して怯ませ、その隙に監獄内に突入、全員を裸にした上で、暴動を主導した人物らを独房へと送ったのである

更に看守らは今後の暴動を抑止するために心理的攪乱(かくらん)作戦を開始した。まず暴動に関与していない囚人のグループを”良い”監房へ収容して彼等を丁重に扱い、そして関与した囚人のグループを”悪い”監房へと送り、過酷な扱いを行うことにしたのである。そして半日程が経過すると、今度は一部の囚人を、理由を教えずにそれぞれ交代させ、囚人らを混乱に陥れた。

つまりこの交代によって悪い監房に残された囚人らは、良い監房に移動した囚人が看守に何らかの密告を行い、その褒美で良い監房へと格上げされたのではないかと推測したのだ。

そしてこの巧妙な看守側の作戦は見事に功を奏し、たった二日目にして、看守と囚人の間のみならず、囚人内部でさえ、対立が発生した。

また途中から入獄したある被験者(彼は途中まで予備の囚人として待機していた)は、看守の態度を知るなりすぐにハンガーストライキ(絶食などによる抗議行動)を行ったが、逆に罰として真っ暗な独房へと押し込められ、数時間をそこで過ごすことを強要された。そして看守らは他の囚人らに対して、彼を独房から出す交換条件として毛布を渡すこと、より粗末な囚人服に着替えることなどを要求したが、囚人らはそれを拒否し、結果、更なる囚人間の対立を生んだ。

全文はこちら『情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは

分断統治には内集団バイアスが関係していると考えられます。これは自分の所属する集団が他の集団よりも優れていると錯覚する現象です。リンク先で詳しく解説しているので、よろしければご覧ください。

【まとめ】
支配者チームが勝利するためには、いかに民衆チームの結束を分断するかがカギになります。民衆チームが数で勝っているときに団結されると逆襲される恐れがあるためです。逆に、民衆チームが勝利するためには、いかに分断統治を見破って団結するかがカギになります。

★分断統治は、学校や家庭で、子供を管理する方法として使われることもありますが、そのように育てられた子供は民主的なコミュニケーションを覚える機会を失ってしまうので、権力闘争でしか物事を判断できなくなります。一方の民主的な教育法については第六章で詳しく解説しています。

関連記事:認知バイアス【今日から俺は一級市民 (内集団バイアス&恨みに訴える論証)】

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目次
■ 権力闘争 【決定権者は誰?】
◇ インセンティブ 【賞で相手をコントロールする】
◇ インセンティブ 【罰で相手をコントロールする】
◇ インセンティブ 【罰で相手をコントロールする その2】
◇ 権力闘争 【分断して統治せよ】
◇ 民主主義政治とは 【政治家の選び方】
◇ 権力闘争 【本音と建前】


本章で解説するインセンティブについては、梶井厚志氏の『戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する』にも記載されています。

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