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エイジズムの恐怖!資生堂CMクレーム事件!

あらすじ
資生堂のCMが女性差別であるとしてツイッターで批判されて放送中止になった。その後YouTubeに上がったCM動画のコメ欄での議論。

YouTube:資生堂 話題の“セクハラ”CM・インテグレート  [放送中止]

注意:管理人はフェミニズムを体系的に学んだわけでもないくせに、ツイッターで聞きかじった知識だけでさも知っているかのように語っています。

HN:明石百合

今の日本の女性には、歳を重ねることに対する恐怖が強迫観念のようにあります。その根源は「女の価値は若さと美しさ」という価値観です。人間の価値を決める要素はたくさんあり勿論その中に若さや見た目の美しさも含まれますが、女性においてはこの二要素に重きを置かれすぎています。

仕事の場においても女性は男性に比べて綺麗でいることを強要されます。しかしオフィスで必要なのは「仕事ができる女性社員」であり「若くて綺麗な女性社員」である必要はありませんよね。女性社員の見た目が綺麗であろうがなかろうが生産性に変わりはないのだから。

むしろ女性が綺麗でいることを強要されない環境であれば、美容に時間を割かない分余裕が生まれ生産性は上がるでしょう。女性に見た目の綺麗さを強要することは非生産的で非合理的なことです。

女性が自発的に化粧やおしゃれを楽しむのは大いに結構。しかし、そうあることを強要されたり、まして誕生日をめでたく思えないほど加齢に対する恐怖が根付いた社会は不健康な社会です。歳を重ねるということは中身が成長するということです。素直に喜べる社会のほうが健康的ですよね。

過労で自殺した電通の女性社員は男性上司から女子力がないといじられるのが苦痛だったそうです。毎日2時間睡眠で働いていてその上で女子力まで求められるのは、冗談でも苦痛でしょう。このような女性に対する圧力を助長するCMだったから批判されたのです。「25越えても女の子と呼べ!」なんて理由で炎上しているのではない。

長々と失礼しました。


HN:gomiCash

>人間の価値を決める要素はたくさんあり勿論その中に若さや見た目の美しさも含まれますが、女性においてはこの二要素に重きを置かれすぎています

そりゃ化粧品のCMなんですからその二要素に重きを置いた演出をするのは当たり前なんじゃないですか? なぜなら化粧品という商品自体が、その二要素に重きを置いた存在として扱われることが多いんですから

また、もしこれが男性向けの化粧品やエステ商材であっても、若々しくなろうとかかっこよくなろうとか、たぶん同じところに重きを置いたCMになるだろうことを考えると、
このCMがその二要素を強調しているのは、別に女性をターゲットにしているからではなく、単純に“コマーシャルの対象が化粧品だから”だと容易に想像つきますよね

女性向け男性向け問わず、化粧品がその使用を勧めるに際して使用者の若さや見た目に言及するのはごく当たり前のことなんですから

にもかかわらず、男性向けの商品においては“若さや見た目を磨こう”というPRは問題にしない一方で、女性向けの商品においてのみこのPRは不適切であるという判断をするのであれば、これは“若さや見た目を磨きたい”と考えている一部の女性の価値観を否定するものであり明らかな女性差別ですよ

それを考えると、“女性においてはこの二要素に重きを置かれすぎている”というあなたの持論は、そこが論点になっている実際の社会不祥事や公での不手際があった場合にそれについて声を上げればいいのであって、化粧品のCMに対してどうこう言いだすのはお門違いではないかと思いますよ

もしあなたのこの言い分が正しければ、世の中の女性向け化粧品CMはもちろん、女性の“若さや見た目”に言及するサプリやフィットネス、ファッション関係のCMや雑誌なんかも軒並みアウトになってしまうんじゃないでしょうか


HN:明石百合

+gomiCash
暴言や嘲笑でない、丁寧な反論をありがとうございます。こうして真面目に議論できるのは有意義なことです。

>そりゃ化粧品のCMなんですからその二要素に重きを置いた演出をするのは当たり前なんじゃないですか?

このCMでは25歳になった女性に「アップデートかステイか」と迫っており、「ステイ=歳相応でいること」を悪いことのように扱っていますね。影響力の大きいテレビCMで大企業が「若さこそが女の価値」という既存の社会的圧力を補強するようなメッセージを流すのはまずいでしょう。

いくつになっても若々しく、というようなCMはよくありますが、今回は25歳を超えたらなんたら〜と加齢に対する恐怖を煽る面が強かったのが大きな反発を招いたと考えられます

また、資生堂の顧客である女性の中にそのような価値観に反発する人が増えていることを見抜けなかった時点で宣伝としては失敗ですね。他の「大人の美しさを」「貴方らしく輝こう」といったメッセージなら受け入れられたでしょう。

>また、もしこれが男性向けの化粧品やエステ商材であっても、若々しくなろうとかかっこようなろうとか〜

もちろん男性においても若々しいことはいいことだとされていますが、女性においてはその何倍もの社会的圧力が掛かっていることが、歳を重ねても見た目に気を遣うのは圧倒的に女性が多いことからもわかります。そのような大きな圧力があるからこそ反発する女性が多いのです。

男性も若さを強要されるのが苦痛だと感じるなら私はその考えを指示しますし、同じように声を上げればいいでしょう。しかし、「俺らだって同じこと言われても文句言ってないんだからお前らも黙れ!」というのはあまりにも無神経です。

男も同じことを言われているのになぜ女は不快に感じるのか?と1度想像してみてほしいです。それは要求されるレベルがあまりにも違うからだと気づくでしょう。

次のコメントに続きます。


HN:明石百合

+gomiCash
>男性向けの商品においては"若さや見た目を磨こう"というPRは問題にしない一方で、女性向けの商品においてのみこのらPRは不適切であるという判断をするのであれば、これは"若さや見た目を磨きたい"と考えている一部の女性の価値感を否定的するものであり明らかな女性差別ですよ

若さや見た目を磨きたいと考えている女性の価値観を否定的しているのではなく、そうあることを強要する社会的圧力に反発しているのです。女性が自発的に化粧やおしゃれを楽しむことは大いに結構だと既に述べました。

前コメをしっかり読んでいただければこれが「明らかな女性差別である」なんて解釈はできないはずです。若さを追求したい人も歳相応でいたい人もいていいのです。社会がそれを押し付けて女性が苦痛に感じるようではいけないでしょうということです。

>"女性においてはこの二要素に重きを置かれすぎている"というあなたの特論は、そこが論点になっている実際の社会不祥事や不手際があった際にそれについて声を上げればいいのであって、化粧品のCMについてどうこう言いだすのはお門違いではないかと思いますよ

このようなCMをテレビで流すことに抗議することが、まさに社会に対して声を上げるということなのですよ。コメント欄でも「たかがCMにぎゃあぎゃあ言うな」という声がたくさんみられますが、テレビコマーシャルの影響力ってすさまじいですよ。

ネットが普及したとはいえ、テレビというメディアの持つ影響力の大きさは計り知れません。今までにもテレビ局の偏った報道を簡単に信じこんでしまう国民を見てきませんでしたか?CMも同じです。CMで放送される内容は当たり前の価値感として国民の意識に刷り込まれます。それを打ち壊したい人たちが今回声を上げたのです。


HN:gomiCash

+明石百合
>このCMでは25歳になった女性に「アップデートかステイか」と迫っており、「ステイ=歳相応でいること」を悪いことのように扱っていますね

まずこの時点であなたはこのCMの内容を正しく受け取れていない可能性があるんじゃないかと思いますね

このCM冒頭の流れを簡単にまとめると、まずメインとなる女性が25歳の誕生日を迎えたことを憂う表現があったうえで、友人の“いつまでも女の子じゃないことを受け入れろ”というような提言や、“かわいい大人の人もいる”というメイン女性の発言を経て、“かわいいをアップデートできる女になるかこのままステイか”というまとめかたをしているわけですね

この流れをくんだうえで適切に判断するなら“このままステイ”とは“年相応でいること”ではなく、メインの女性の冒頭の状態――“年々歳をとっていく加齢という抗いえない現象に対しただ嘆くだけの現状でいること”を指していることがわかると思います

ということは“アップデートできる女になる”とはこれとは逆で、“若さにすがるのをやめて自分自身を磨き続けることで年相応の良さや若々しさを演出できるようになる”ことを意味していると判断できるわけですね

また、ここで重要なのは、“どちらを選ぶか”という提案をしているのであり、あなたが捉えているように“どちらが悪いか”なんて話はしていないということですね

つまり、“若さにすがって加齢を嘆く”も良し、“自分を磨き続けて年相応の良さや若々しさを演出できるよう目指す”も良し――ただ、資生堂は化粧品メーカーとして後者を応援していきますよ、という広告なわけですよ

あなたが考えているように、どこかの特定層の誰かを悪く扱うなんて表現は微塵もないように思いますよ

>影響力の大きいテレビCMで大企業が「若さこそが女の価値」という既存の社会的圧力を補強するようなメッセージを流すのはまずいでしょう

前述の私のコメントを読んでいただければ、実際の中身は全く反対であることがわかると思います

むしろ、「若さこそが女の価値」というような偏見に異を唱える姿勢――「女性の可愛らしさとは単純な若さではなく、大人には大人の魅力がある」というようなメッセージが込められていますね


HN:BeauitifulSoul(←俺

+gomiCashさんに反論します。
・まず明石さんは「悪い」を「価値が低い」という意味で使っている。次に、CMの手の動きを見れば分かるが、このCMでは“外見の美しさ”を基準にしたときに「ステイ」よりも「アップデート」の方が価値が高いとし、化粧品メーカーとして後者を提案をしている。これは「どちらが悪い(価値が低い)か”という話はしていない」という説明と矛盾する。

・ではなぜこれが人間的に否定された様に感じてしまうのか? それは脅迫的な文言が含まれているからだ。

例1.「週末ごとにアップされる結婚式の写真、このままじゃ私やばい」→その後ステイするならばヤバイ状態が続く事を示唆している。容姿を理由に抑圧されてきた女性はこうしたセリフを苦痛に感じる。

例2.「下にはきらきらした後輩」→職場でも美しくあれと示唆しているのでセクハラ。

・まず明石さんが「女性は美しさに重きを置かれている」と言ったのは世間一般の価値観を指しているのであってCMだけを指したのではない。次に、このCMは見た人が「容姿の劣る女性はやばい」という価値観を内在化させる原因となり、抑圧が再生産される。それが公の不手際にもつながる。これは化粧品のCMだからという理由で許容すべき行為ではない。

・フェミニストは「CMで脅迫して良い」という価値観を否定しているのであって、自発的に「美しくなりたい」と思っている女性の価値観を否定している訳でも、美人を差別している訳でもない。

・男性向けの車のCMでも脅迫的なセリフが入れば不快になる人がいる。そのCMを見て「新車を持っていない男はダサい」という価値観を内在化させる人も現れる。男性向けの化粧品でも同じ。フェミニズムはこれらの肯定を内包しない。


HN:gomiCash

+BeauitifulSoul
>まず明石さんは「悪い」を「価値が低い」という意味で使っている

それこそがこの広告を正しく認識していないとする証左の最たるものではないでしょうか

広告において提案の片方の価値を低いものとして扱うのと、片方がまるで悪かのように扱うのとではまるっきり意味が変わってきますよ

>「ステイ」よりも「アップデート」の方が価値が高いとし、化粧品メーカーとして後者を提案をしている
>このCMは見た人が「容姿の劣る女性はやばい」という価値観を内在化させる原因となり、抑圧が再生産される

広告においてその企業が自社の商品やサービスを「価値あるもの」として提案していくのは至極当然ではないでしょうか

そもそもこれは広告における一企業の“提案”なんですから、それに同意するもしないも受け手次第ですよ

人も企業も、その価値観は千差万別ですからね

ただし、この広告に「容姿の劣る女性はやばい」というようなメッセージ性が含まれているかというとそれは間違いであって、いくつか前の私のコメントで指摘しているように
>「女性の可愛らしさとは単純な若さではなく、大人には大人の魅力がある」
という受け取り方が正解だと思いますよ

これは“作者の意図や気持ちを答えなさい”というような読解力を試す国語の長文問題みたいなもので、前者の回答選択肢は「×」で後者が「○」というだけの話です

一応その根拠のほうも私の過去のコメントに記してありますのでよかったら参照してみてください


HN:gomiCash

+BeauitifulSoul
>脅迫的な文言が含まれている
>「CMで脅迫して良い」という価値観を否定している

これを脅迫的な文言だとして、まるで不適切なものであるかのような扱いをすることこそが女性差別であり一部の女性の価値観への社会的な否定行為であるということは私の過去のコメント――
>歳を重ねることに対するネガティブな感情や可愛らしさに対する憧れなんかをドラマ仕立てで表現して ―後略―
あたりで説明していますよ

一応これについてもう少し補足を行い、このCMにおけるこのあたりの流れをざっくり説明しますと、

まず、年々歳をとっていくことを憂うメインの女性の描写があってうえで、これに対して友人が、“いつまでも女の子じゃないことを受け入れろ”という指摘をしながらも一方では、結婚式がどうだ後輩がなんだと言って、加齢がネガティブなものであるかのように捉え憂うメインの女性に一部同調を見せているわけですね

しかし同調をみせつつも最終的に友人たちは、このままステイかアップデートか――つまり、加齢を嘆くだけの現状のままでいるか、大人としての魅力を目指すよう気持ちを切り替えていくか、とメインの女性に提案しているわけです

ここで大切なのは、結婚式云々というシーンはあくまでもメイン女性への“部分的な同調”として描かれているのであって、“脅迫”でも“すべての女性がこうだという決めつけ”でもないということです

メインの女性の立場に立って――つまり、加齢に対する苦労をセンシティブに受け取りがちな価値観を持った女性の立場に立って、彼女たちが陥る傾向にある認識パターンを共感の一例として列挙しているだけなんですよ

あなたが指摘するように、もしこれが脅迫行為であり放送上不適切だというのならこれは、“加齢に対する苦労をセンシティブに受け取りがちなタイプの女性”がその思いや体験談を発信したり共感を得ようとする行為――これに対する社会的な否定、TV放送における不当な迫害規制になってしまいますから、女性差別と捉えられても仕方がないというわけですね

またあるいはこれが、あなたが指摘するようにまるで自分への脅迫だと感じて何らかの苦痛を伴うほどであるというのであれば、少なくとも一般的には、そういう心神状態は健全でないと判断されると思いますよ――との指摘も、私の過去のコメント
>それはもう何らかの強迫観念に陥っているか ―後略―
あたりで説明していますので合わせて参照してみてください


HN:gomiCash

+BeauitifulSoul
>男性向けの車のCMでも脅迫的なセリフが入れば不快になる人がいる。そのCMを見て「新車を持っていない男はダサい」という価値観を内在化させる人も現れる

ここらへんについても先の私のコメントの内容がまったく同じように適用されますね
女性向けだろうが男性向けだろうが、化粧品だろうが車だろうが、広告としてなんら問題のない演出を「新車を持っていない男はダサい」というような偏屈な受け取り方でもってこれを不適切とみなすのは特定の価値観に対する社会的な差別ですし、
そもそもそれを自分に対する脅迫行為だと受け取る男性がいたら、まずその人の心神が健全かどうかを疑うべき案件でしょうね


HN:BeauitifulSoul

+gomiCash
・あなたの主張を要約するとつまり、CMの製作者の意図はあくまでも、25歳になったら単純な若さよりも大人の魅力を選択したほうが相対的な美的価値が高いという提案しているだけであって、美が女性における唯一の人間的価値であるとは言っておらず、また社会的な規範における善悪観の押し付けもしていない。脅迫的でもないということですか? それなら確かに製作者の意図はそうだと思います。

しかし製作者の意図していない価値観が表出しています。国語の問題では「作者の意図を推察せよ」という問題がよく出ましたが、一方「作者が意図していない無自覚的な価値観の表出を発見せよ」という問題には馴染みがないでしょう。フェミニズムではこちらのほうが重要なのです。なぜなら、無自覚な価値観が表出された作品を見た受け手は、その価値観を内在化するからです。

このCMでは早口でデメリットを捲し立てる演出が視聴者の不安を煽っています。しかもこのデメリットはメイン女性の自発的な価値観ではなく、周囲の視線による評価によって発生しているのです。ここが製作者が無自覚的に「女性が周囲の視線に晒されて査定されるのは当然の事である」と信じている部分であり、私が不当に脅迫的であると主張する部分です。

まさにこの手のCM自体が(製作者の自覚の有無に関わらず)受け手の男性の中に「女性を外見で査定して良い」という価値観を内在化し、女性には「あなたは男性の視線により査定されています」という価値観(規範意識)を内在化させる。そして女性がますます加齢に不安を覚える結果につながります。これは少数の女性だけではなく、ほとんどの女性が無意識的に感じている事です。

もしこのCMの内容がメイン女性が周囲の視線によってではなく、自発的にお洒落をするストーリーだったら批判されなかったはずです。

・もちろん提案に同意するしないは当然受け手次第であるが、だからといって性役割を加速させる表現を用いて良いわけではない。

・女性が加齢に対する苦労を発信して共感を得る行為のうち、視線を利用して視聴者の不安を過度に煽らないものならば問題ないので、自発的な女性の価値観を差別している事にはならない。また感性が標準から離れている人もいるので、主観的な線引きで不健全だから取り合わなくても良いと考えるのは早計ではないかと思う。


『国語の問題では「作者の意図を推察せよ」という問題がよく出ましたが』
なんで問題って二回言っちゃってんのこの人?

HN:gomiCash

+BeauitifulSoul
>「作者が意図していない無自覚的な価値観の表出を発見せよ」という問題には馴染みがないでしょう。フェミニズムではこちらのほうが重要なのです。なぜなら、無自覚な価値観が表出された作品を見た受け手は、その価値観を内在化するからです。
>まさにこの手のCM自体が(製作者の自覚の有無に関わらず)受け手の男性の中に「女性を外見で査定して良い」という価値観を内在化し、女性には「あなたは男性の視線により査定されています」という価値観(規範意識)を内在化させる

この作品の意図として、これが脅迫的でもなければ女性差別的でもないということをあなたは正しく理解している――
しかし一方で、この作品をきっかけに視聴者が女性差別的な考えを内在化しないかと懸念しているわけですね

ということでしたら、あなたがいうところの“無自覚的な価値観の表出”とは作品ではなく受け手の側に発生していますよね? 本来の意図ではないと理解しつつも別の意識や価値観を受け手側が無自覚に内在化してしまうわけですから

今回の件で言うと、“加齢を嘆くだけではなく、前向きにとらえて大人の魅力を演出していきませんか”というようなメッセージに触発され、“じゃあ、あらゆる女性は外見で査定されて当然だな”との無茶苦茶な価値観を反射的に持ってしまう――
あなたがいうところの“無自覚的な価値観の表出”が行われるわけです

あなたはこれをまるで当たり前かのように捉えているみたいですが、一般的に考えて、もしこんな視聴者がいたとしたらこの人はどう考えても普通じゃありませんよ

正直、正常な判断力を持った人間とは思えない――なんらかの精神疾患か人格障害を疑うレベルでしょう

これはもちろん今回の件に限った話ではないと思います

作り手が意図していないと理解しつつも、常識の範疇を超える拡大解釈や論理の飛躍、過剰反応をもって、受け手側が本来の意図やメッセージ性とはまったく別の価値観をいだいてしまうわけですから、“無自覚的な価値観の表出”の責任は作品ではなく受け手にあると判断するのが常識的ではないでしょうか

これに対しもしあなたがそうでないと考えるのなら、そもそもあなたがセーフだとしているところの
>もしこのCMの内容がメイン女性が周囲の視線によってではなく、自発的にお洒落をするストーリーだったら批判されなかったはず
――との判断に矛盾が生まれてしまうため、これはこれであなたの話が破綻することになってしまうでしょうね

なぜなら、『“加齢を嘆くだけではなく、前向きにとらえて大人の魅力を演出していきませんか”というようなメッセージに触発され、“じゃあ、あらゆる女性は外見で査定されて当然だな”との無茶苦茶な価値観を反射的に持ってしまう』ような、“無自覚的な価値観の表出”タイプの病的な視聴者にかかればあなたがセーフだとする“自発的にお洒落をするストーリー”であっても、“あらゆる女性は自発的にお洒落をするのが当たり前なわけか。じゃあ世の女性は外見で査定されて当然だな”という具合に、あなたがそもそも懸念している“無自覚的な価値観の表出”が平然と行われてしまいますからね



HN:BeauitifulSoul

+gomiCash
・価値観の表出について私が言いたい事が伝わらなかったので始めから説明します。まず作品には意図の有無、自覚の有無に関わらず作り手の価値観が反映されます(表出)。そして受け手はその作品を見て作り手の価値観を取り込みます(内在化)。(取り込む行為は表出ではなく内在化です)。この二つは順番に発生しています。

そして今回の件でまずいのは“加齢を嘆くだけか、大人の魅力か”のセリフ部分よりも、その前のセリフで「ちやほやされない」「キラキラした後輩」といった類の女性を“見る側”の視線から評価を下して、メイン女性(というか購買層)の不安を煽った部分です。

仮に作者にそうした意図が無かったとしても、作者の「女性は他者からこう見られたがっている」「他人の評価が下がるのを恐れている」という無意識の考えが出てしまっているのです。

これを見た受け手の男性は女性に視線を浴びせるのが普通の事だと思ってしまうのです。その影響が動画の2つ目のCMでも見られるように、本来関係のない場面において女性の容姿を指摘するようなセクハラに対する違和感を失わせてしまうのです。

その結果、女性には「常に見られている」というプレッシャーが生まれます。ここまでが受け手が作品から価値観を取り込んだ影響です。だから作者には責任が発生します。

これは正常な判断力を持った人間にも起きることです。車で例えると、男性は軽自動車ではなくそれなりに高い車に乗らないと恥ずかしいという価値観が一般的にあると思います。

その原因は女性向けの車のCMには軽自動車が多くて、男性向けのCMには比較的高級車が多いからであるという仮説にもし納得が行くなら分かると思います。不安を煽らないCMでさえも徐々に世の中の価値観に影響を与え、男性は他者の視線に晒されて恥ずかしい思いをするようになるのです。

資生堂のCMはこの他者の視線に晒される不安を明確に利用したからここまで批判されているのです。

・責任について補足-まず事実判断としての原因は全ての人間にあります。責任については価値判断が介入する訳ですが、私は責任は作者および男性のうち加害的な視線を浴びせる人にあり、被害を受けているだけの女性には責任は無いと思います。

・もしCMの中で「女性は自発的にオシャレをするべきだ」という“第三者の視線”が加えられた表現が描かれていれば、それはもう女性の自発性の範疇を超えています。私が批判しているのはそうしたものです。逆の良い例としては、この昔の資生堂のCMには他者目線からの「自発的にオシャレせよ」という表現すらありません。https://www.youtube.com/watch?v=DiQGLwP1YZg

・あと私の発言の「自発的にお洒落をするストーリーだったら批判されなかったはずです」というのは、「ここまで槍玉に上げられる事はなかったはず」というニュアンスで言っており、「誰一人として批判する者はいない」という意味ではありません。


ここで相手が飽きたのでおしり。

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