対人論証とは、主張の内容ではなく、相手の人格を攻撃することにより、主張・反論の代わりにしようとする詭弁です。
第二章の「意見と人格は切り離して考えよう」を思い出してください。意見と人格は別のものでした。したがって、人格を攻撃しても相手の主張を否定する事はできません。
さらに、人格批判をされた相手の注意はその一点のみに向かってしまい、こちらの主張すべてに対して否定的な印象を抱くようになります。ゆえに、いかに主張の論理構造が優れていても、人格批判を行ってしまうと、相手を説得できなくなってしまいます。
対人論証は主張の正しさとは関係ありませんので、罵り合って議論を台無しにするくらいならば、無視しましょう。
思い出してください。主張の目的は、異なる考え方を持つ人を説得することでした。相手の人格を批判して黙らせても、それでは異なる考え方を持つ人(聴衆も含む)を説得したことにはなりません。
なかには、人格批判を展開することで論理の弱点をカモフラージュしようとする人もいます。相手から人格批判をされたら、カッとならずに冷静に論理の弱点を見つけましょう。
対人論証をいくつかの種類にわけて解説します。
◇相手の知性を貶める。
| (例) 「もっとよく勉強しろよ。」 言われた相手は次のように感じるでしょう。 言外の意 1.あなたは勉強不足です。 2.私はあなたより勉強していますし、勉強不足でもありません。 3.あなたは勉強不足なので発言しないでください。 |
(例) 「少しは頭を使ってほしいですね。」 言外の意 1.あなたは全く頭を使っていません。 2.あなたよりも私の頭の方が良いです。 3.本音をいうと、あなたはそれでも頭を使ったつもりなのでしょうが、私から見れば何も考えていないのと同様です。 4.頭の悪い方は発言しないでください。 |
(例) 「よく考えてから発言してください」 言外の意 1.あなたはよく考えずに発言しています。 2.よく考えればみな同じ結論にたどりつくはずです。 3.よく考えてその程度ならお笑いですね。発言する資格はありません。 |
◇レッテルを貼る。
人種、民族、国籍、信条、宗教、思想、性別、障害、職業、社会的地位、経済レベル、外見等の相手の属性をあげつらう、もしくは人格に対し一方的な格付けをし、それを根拠に反論しようとする詭弁です。
・レッテル貼りは次のような形式を持ちます。
前提1.A という人が X と主張する。
前提2.A について何らかの疑惑/問題/いかがわしい点がある。
結論.従って、X という主張は誤りである。
| (思想に対するレッテルの例) A氏 「福祉政策を充実すべきである。」 B氏 「皆さんご存知ですか? A氏は共産主義者ですよ。」 (隠れた前提: 共産主義者の意見は常に誤り。) |
B氏の反論(のつもりの発言)はレッテル貼りです。A氏が共産主義者であることと、福祉政策を充実すべきか否かは関係ありません。
| (職業・地位に対するレッテルの例) A氏 「自炊なんかしなくても、コンビニ弁当だけで生活できるよ。」 B氏 「A氏は学生さんですか?」 (言外の意: 学生の意見は常に誤り。) |
B氏の反論(のつもりの発言)はレッテル貼りです。
・次の例は『知性への脅し』に似ています。
| (人格に対する一方的な格付けの例) 『もしあなたに愛国心があるのなら〜 (「私に同意するはずだ」「そんなことは言わないはずだ」など)』 (隠れた前提: 私に同意しないのなら、あなたには愛国心がない。) |
| (例) A氏 「公共事業費を削減する案には反対だ。」 B氏 「A氏が反対している理由は、彼が利権にしがみついているからだ。」 (隠れた前提: 利害関係が強い者の意見は常に誤り。) |
| (例) A氏 「大麻は酒やタバコに比べて副作用も少なく中毒性も低い。だから、大麻を解禁するべきだ。」 B氏 「A氏は大麻を吸いたがっているだけの犯罪者だ。」 (隠れた前提: 犯罪者の意見は常に誤り。) |
これはレッテル貼りでもあります。それに厳密にはまだ大麻を吸っていないなら犯罪者ではありません。
◇言動不一致を指摘する。(あなただって論法)
| (例) A氏 「タバコは健康に悪い。だからタバコを吸うべきではない。」 B氏 「しかし、A氏はタバコを吸っているではないか、それならばタバコを吸っても良いはずだ。」 (隠れた前提: 主張内容と行動が矛盾している場合、主張内容の方は誤り。) |
主張は正しいけれども、行動は良くないという可能性があります。これは、タバコを覚醒剤や泥棒に置きかえてみるとわかりやすいと思います。
もし、B氏の反論が正当であると仮定すると、したがって、次の例でのB氏の反論も正当であるということになります。
| (C氏は喫煙者ではないとして) C氏 「タバコは健康に悪い。だから、タバコを吸うべきではない。」 B氏 「喫煙者のA氏も、C氏と同様の主張をしていた。したがって、C氏の主張は誤りだ。」 |
この例なら、B氏の論法が誤りであることがわかると思います。まだ納得できない方は、また覚醒剤か泥棒に置きかえてみてください。
なかには、「喫煙者にはタバコを批判する資格はない」と考える人もいるかもしれませんが、“主張する資格がない”ことと“主張内容が誤りである”ことは全く別のことです。
◇恥をかかせる。
これも人格に対する一方的な格付けの例です。
| 『あなた○○なんて言ってて恥ずかしくないの?』 (言外の意: 私に同意しないなら、あなたは恥ずべき人。) |
「恥をかきたくなければ同意せよ」という脅迫。多数派が少数派に対してよく使うレッテルです。
次の事例は、テレビ番組「そこまで言って委員会」での議論です。(筆者の記憶をもとに再現)
| 田嶋陽子 「従軍慰安婦が強制連行されたのは真実です。元軍人の証言もあります。」 勝谷誠彦 「その証言とは、いわゆる吉田証言のことでしょう? 吉田証言は証拠としては不十分ですよ」 田嶋陽子 「私は日本人として、あなたみたいに罪を認めない人がいることが恥ずかしい!」 |
田嶋氏は「なぜ吉田証言が証拠として不十分なのですか?」と質問すればよかったのです。そうすれば勝谷氏も理由を説明するでしょう。(もっとも、その質問をしたら負けると読み、詭弁に及んだ可能性はありますが。)
◇笑いものにする。
相手をバカにして笑いものにすることで、あたかも自身の主張が正しいかのように聴衆に錯覚させる手法です。
2ちゃんねるに面白い書き込みがあったので引用します。(宗教についての議論)
| 954 :666:2006/02/27(月) 23:08:25 ID:kXuUV5pI0 遅くなったけど、アブラハムの話をした666です。>>853… 神が絶対の基準とかじゃなくて、>>853自身の考えを聞いたのに。 でももうダメだねーこの人。 このまま一生、壊れたテープレコーダーみたいに「それは聖書に書いていません」 「聖書にはそう書いてあります」「神は絶対です」と言って生きて行くんだろうな。 まあ、他人に迷惑かけなければそれもアリだね。 だけど、>>853が寝てる間にこっそり「裸で渋谷を歩け」と書いたら 次の日歩くんだろうねww 973 :名無しさん@6周年:2006/02/27(月) 23:16:56 ID:PD0xzeEn0 >>954 私はそれを「修辞ルサンチマン」と呼ぶ。 結局、貴方の書き込みは個人攻撃だけで論理がない。それでも「こいつはだめだ」というような勝利宣言をしてしまったおかげで、私は議論においては負けてないにも関わらず、感情的には貴方に負けてしまった。どれもこれもあなたのレトリックのせいである。貴方がそういう勝利宣言をしたおかげで私はルサンチマンを感じてしまうのだ。このスレの読者も、よく考えないなら貴方の方が「まとも」であって、私が議論において負けたように思ってしまうだろう。 |
もっとも、この手法は論理的な聴衆にはまず通用しません。逆に人格批判をする側が非論理的であると判定されてしまいます。
(注)人格そのものが議題のときには、人格を批評しても詭弁にはなりません。
◇もし自分が人格批判をされたら。
もしも掲示板などで自分が人格批判をされたら、その時点で相手との議論を打ち切るべきでしょう。しかし、どうしても反論したいときは、次のようにするとよいでしょう。
1.メモ帳を開いて、相手の書き込みをコピー&ペーストする。(掲示板のとき)
2.文章から人格批判の部分をすべて削除する。
3.失礼な文体をふつうの文体に編集してみる。
4.結論と根拠の関係をわかりやすく整理する。
こうすれば、相手の主張の論理構造が見えてくるので、反論しやすくなります。
また、相手が先に人格批判をしてきたとしても、それは相手への復讐の形での人格批判を正当化する根拠にはなりません。(罪は引き算できない)
ちなみに、人格批判は刑法第230条の名誉毀損罪、及び第231条の侮辱罪に抵触します。ただし警察力の及ばない場所では、己の自制心を頼りにしてください。
大事なこと(1): 人格批判はカモフラージュなので、付き合ってはならない。
大事なこと(2): こちらから人格批判を行えば、主張の論理が正しいか否かに関わらず、説得不可能となる。
| 反対の声があろうがなかろうが、 人々を政治指導者の望むようにするのは簡単です。 国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、 平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。 -へルマン・ゲーリンク- |
関連項目
第二章 論理的な反論の仕方 【意見と人格は切り離して考えよう】
第二章 論理的な反論の仕方 【相手の感情に配慮しよう】
関連サイト
詭弁 - Wikipedia(対人論証)
人身攻撃 - Wikipedia
個人攻撃 - Wikipedia
詭弁 - Wikipedia(状況対人論証)
ポジショントーク - Wikipedia
詭弁 - Wikipedia(同情論証)
詭弁術の考察―レッテルを貼る
詭弁術の考察―人格攻撃
(議論テク)大衆論法:利便性と真理性の恣意的混同 - 名言と愚行に関するウィキ
わかるときがくる - 名言と愚行に関するウィキ
自分も以前はそう考えていた - 名言と愚行に関するウィキ
自殺 - 名言と愚行に関するウィキ
社会に出て通用しない - 名言と愚行に関するウィキ
人生経験 - 名言と愚行に関するウィキ
経験 - 名言と愚行に関するウィキ
(議論テク)大衆論法:イメージ低下用語の濫用 - 名言と愚行に関するウィキ
(議論テク)大衆論法:態度批判 - 名言と愚行に関するウィキ
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目次
●詭弁とは?
●強弁【根拠を述べない】
●詭弁【これまでは○○であったから、○○すべきだ (伝統論証)】
●詭弁【自然界では○○だから、○○すべきだ (自然主義的誤謬)】
●詭弁【道徳的なのは○○だから、事実も○○である (道徳主義的誤謬)】
●詭弁【ネガティブな言葉の印象に頼る (感情が充填された語)】
●詭弁【印象で判断する (印象論)】
●詭弁【常識的に考えれば明らかである (知性への脅し)】
●強弁【罪を引き算する (相殺法)】
●詭弁【人格を批判する (対人論証・人格批判)】
●詭弁【連想ゲーム (連座の誤謬)】
●詭弁【○○と偉い先生が言っていた (権威論証)】
●詭弁【○○の支持者の方が多いから、○○が正しい (多数論証)】
●詭弁【○○でないという証拠がないから○○である (悪魔の証明)】
●詭弁【じゃあ○○になってもいいんですか? (反語)】
●詭弁【暗示にかけようとする質問 (多重尋問の誤謬)】
●詭弁【生きたくても生きられない人もいるのに (誤った二分法)】
●詭弁【少数の事例から一般論を導く (早まった一般化)】
●詭弁【都合の良い事例のみを挙げる (観測結果の選り好み】
●詭弁【全体が○○だから、ある部分も○○ (分割の誤謬)】
●詭弁【○○の後に××が起きたから○○が原因 (前後即因果の誤謬)】
●詭弁【○○と××が同時に起きたから○○が原因 (擬似相関)】
●詭弁【○○と××は同じ理屈だ (誤った類推)】
●詭弁【一度○○を許せば、たちまち××になるであろう (ドミノ理論)】
●強弁【価値観の押し付け】
●詭弁【必要ないから規制しろ】
●強弁【難解語・抽象語で煙に巻く】
●強弁【トボケ通す】
●詭弁【あなたの主張は詭弁だから間違ってる (論点先取)】
●強弁【議論を回避する質問 <わからない>編】
●強弁【議論を回避する質問 <オウム返し>編】
●強弁【議論を回避する質問 <発言に割り込む>編】
詭弁についてより深く学習したい方には小野田博一氏の『正論なのに説得力のない人ムチャクチャなのに絶対に議論に勝つ人 正々堂々の詭弁術』をお薦めします。詭弁についてやさしい文章で一から解説されています。
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